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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)85号 判決

原告

住友電気工業株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和56年審判第10073号事件について昭和59年1月19日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和51年4月5日、名称を「電気接点材料」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和51年特許願第38381号)をしたところ、昭和56年4月14日拒絶査定があつたので、同年5月14日審判を請求し、同年審判第10073号事件として審理された結果、昭和59年1月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年2月23日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

内部酸化法によつて得られる銀―酸化物系接点材料において、カドミウム1~10重量%、錫を5重量%を越え10重量%迄、インジウムを1重量%を越え5重量%迄含有してなることを特徴とし、耐溶着性及び耐絶縁特性の優れたノーヒユーズブレーカーなど大電流遮断開閉器用電気接点材料。

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は右2に記載のとおりであると認める。

これに対して、昭和50年特許出願公開第135584号公報(以下「引用例」という。)には、「銀―酸化カドミウム系材料は、電気接点として使用される場合、接点材料中にいくつかの添加物を加えることによつて、耐アーク侵食および溶着抵抗性等のすぐれた特性を示す。そのような添加物としては…錫…がある。」と記載されており、また、「本願発明の方法により作られる材料の好適組成は、酸化カドミウム約1~25重量%、酸化錫有効量約10重量%および残部実質上銀である」と記載されており、さらに「出発材料にあつてAg、Cd、およびSnの各成分とともに少量の他の追加金属の存在をも包含することが理解されるべきである。そのような追加金属としては…インジウム(In)が含まれ、その量は目的接点材料の特徴および特性を害さない程度である。代表的には、これらの追加金属は有効量から下記に示す量(重量%)までAg―CdO―SnO系材料に加えていくつかの特性を改善する。…In1.0…」と記載されている。

ここで、本願発明と右引用例に記載されるものとを比較してみるに、①インジウムの含有量について、本願発明は「1重量%を越え5重量%迄」であるのに対して右引用例に記載されるものは「有効量から1重量%迄」である点、および②本願発明は「大電流遮断開閉器用電気接点材料」であるのに対して右引用例に記載されるものは特にその用途を限定するものではない点、で両者間に一応の差異が認められるが、その他の点については格別の差異は認められない。

よつて、検討するに、まず、右①の点についてであるが、インジウムが1重量%の点が特異点であるものとは認められない以上、この含有量を本願発明のごとくに1重量%を越えるようにするかあるいは右引用例に記載されるように1重量%とするかは、接点の特性を考慮しつつ適宜に決定されるべき事項にすぎない。

次に、前記②の点については、前記引用例に記載される電気接点材料も、前述のごとく、耐アーク侵食及び溶着抵抗性の優れたものであるので、この材料をこのような特性を必要とされる大電流遮断開閉器用に適用することは必要に応じて容易なことと認められる。

なお、請求人(本訴原告)は審判請求書において、本願発明は大電流開閉において問題となる耐溶着性と耐絶縁特性の改良が目的であるのに対して、前記引用例に記載されるものはアーク侵食による耐消耗性の改良が目的であつて、両者は目的が異なるものである旨主張しているが、本願発明における耐絶縁特性の改良と、前記引用例の記載におけるアーク侵食による耐耗性の改良とは同一の事項であるものと認められ、また前記引用例に記載されるものも耐溶着性を改善するものであることは前述のとおりであり、したがつて、両者の目的に差異は認められない。

以上のとおりであつて、本願発明は、結局、前記引用例に記載される技術内容に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

本願発明と引用例記載のものとの間に審決認定の相違点があることは認めるが、審決は、さらに引用例記載のものが前酸化法によつて得られる接点材料を対象としているのに対し、本願発明が後酸化法によつて得られる接点材料を対象としているという相違があるのにこれを看過し、また、引用例に記載のものと本願発明におけるインジウムの含有量の技術的意義を誤認し、かつ、本願発明による接点材料の持つ優れた効果を看過し、ひいて、引用例に記載のものからは推考することができない、大電流遮断開閉器用電気接点材料として必要な耐溶着性、絶縁特性の高い材料を供給する本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、取り消されるべきである。これらの点を敷衍すると、以下のとおりである。

1 審決は、本願発明が後酸化法によつて得られる接点材料を対象としているのに対し、引用例に記載のものが前酸化法による接点材料を対象とする点において、両者に相違があることを看過した。

すなわち、電気接点材料としての銀―酸化物を得る方法は、3種類ある。第1が、「粉末冶金法」であり、酸化物の粉末をあらかじめ作つておいてから、混合して圧縮成形する方法である。第2が、「後酸化法」であり、所望形状の合金を作つてから酸化する方法である。第3は、「前酸化法」であり、酸化物でない合金の小粒子を作り、これを酸化し、次いで粒子を固めて成形体にする方法である。「前」とか「後」とかは、酸化してから成形するか、成形してから酸化するかの区別である。引用例の発明の詳細な説明(甲第2号証明細書の項((以下「甲第2号証」という。))第2欄第14行ないし第4欄第6行)において、電気接点材料としての銀―酸化物の製造方法に右の3種類があることが説明されている。そして、引用例の発明の方法については、その特許請求の範囲に、酸化工程後に所望成形体に成形する工程の記載があることからすると、成形前に酸化すること、すなわち「前酸化法」に属することが明らかである。

本願明細書では、粉末冶金法と内部酸化法の区別しか述べていない(甲第3号証第2頁最終行ないし第3頁第1行)。これは、前酸化法は比較的新しい方法であつて、本件出願当時、一般には粉末冶金法に対するものとしては、所望形状の合金を作つてから酸化することが通常だつたからである。すなわち、本願明細書でいう「内部酸化法」は、引用例の記載によると、「後酸化法」に該当するものである。本願明細書に記載の実施例において、それぞれの組成の合金を作り、これを酸化して後直ちに(すなわち、その後で小粒子を固めて所望形状に成形する工程を経ることなしに)接点溶着試験及び遮断試験を行つている(甲第3号証第6頁第4行ないし第6行)ことから、酸化前に成形していること、換言すれば成形後に酸化していることが明らかである。

さらに本願明細書では、「インジウムの下限量を1重量%としたのは、これ以下では錫、カドミウムとの組合せで内部酸化が困難になる事実に基づく」(甲第3号証第4頁下から第2行ないし第5頁第1行)と説明している。ところが、引用例に記載のものでは、インジウムの量は加えるとしても1重量%以下である。ここに前酸化法と後酸化法の相違が現れている。すなわち、本願発明の後酸化法においては、インジウムが全体の酸化を助けるので、その含有量は1重量%を越えるものでなければならないのである。

前酸化法と後酸化法とでは、製造法としてそれぞれの長短を有するほか、製造された物の組成、性状も同一でない。このことは、引用例の発明の詳細な説明において、「後酸化法により得た従来の材料にあつて、酸化ガトミウム粒子の分布が不均一になつてしまうことの主な理由の1つは、酸化法それ自体に由来する。」(甲第2号証第8欄第6行ないし第9行)、「本発明の別の特徴は、後酸化法によるものよりも電気的特性および機械的特性のすぐれた組合せを備えた材料を製造する方法により、銀―酸化カドミウム―酸化錫系の接点材料を製造する方法を提供することである。」(同第10欄下から第5行ないし第1行)と記載されていることから明らかである。

審決は、本願発明と引用例に記載のものとの間の以上のような重要な相違点を看過したものであるところ、このような相違は、物の性質を異ならしめるし、インジウムの含有量の意義や、本願発明の物の特徴に重大な関係があるから、右相違点の看過は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

仮に前酸化法による引用例記載のものに基づいて後酸化法によつて得られる接点材料を対象とする本願発明の進歩性を否定し得るとするならば、前者に基づいて後者が容易に発明し得たとする特段の理由を示さなければならない。けだし、引用例の発明の詳細な説明の中に、前記のとおり、後酸化法により得た従来の材料にあつて、酸化カドミウム粒子の分布が不均一になつてしまうことの主な理由の1つは、酸化法それ自体に由来するとし(甲第2号証第8欄第6行ないし第9行)、それゆえ、この発明は後酸化法よりも良い方法によつて、優れた接点材料を提供するものであると記載されており(同第10欄第3行ないし第7行、同欄下から第5行ないし第1行)、このような認識に立つ引用例に記載のものから、その否定する後酸化法によつて優れた接点材料を得ることが容易に推考できるなどということは論外といわなければならないからである。しかるに、審決は前記の点について何らの理由をも示していない。

2 審決は、インジウムの含有量について、本願発明が「1重量%を越え5重量%迄」としたのに対し、引用例に記載のものが「有効量から1重量%迄」とした点を相違点であるとしながら、本願発明においても引用例記載のものにおいても、「インジウムの含有量が1重量%の点が特異点と認められない以上、その含有量を本願発明のごとくに1重量%を越えるようにするかあるいは前記引用例に記載されるように1重量%とするかは、接点の特性を考慮しつつ適宜に決定されるべき事項にすぎない。」と認定、判断した。しかしながら、本願発明と引用例に記載のものにおけるインジウムの含有量はそれぞれ技術的意義を有するものであり、審決はこの点についての認定を誤つたものである。また、仮にインジウムの含有量1重量%が「特異点」でないとしても、そのことから直ちに、インジウムの含有量を増やすことも減らすことも適宜なし得る事項であるということはできず、この点においても審決の判断は誤つている。

引用例においてインジウムを加えることに言及しているのは、発明の詳細な説明の中の、「本発明の方法はまた出発材料にあつてAg、CdおよびSnの各成分とともに少量の他の追加金属の存在をも包含することが理解されるべきである。そのような追加金属としては、(中略)インジウム(In)(中略)が含まれ、その量は目的接点材料の特徴および特性を害さない程度である。代表的には、これらの追加金属は有効量から下記に示す量(重量%)までAg―CdO―SnO系材料に加えていくつかの特性を改善する。…In1.0…」(甲第2号証第27欄第7行ないし第28欄最終行)との記載であつて、この記載は、インジウムの含有量を1重量%以下とした理由を示しているというべきである。すなわち、引用例に記載のものは、元来インジウムを加えることを特徴とする発明ではない。必須成分は銀、酸化カドミウム、酸化錫であり、他成分はなくてもよく、インジウムはただ無原則的に羅列したその他の21種の金属と共に、出発材料中にあつてもよいというにすぎない。それらは酸化されるかもしれないが、酸化されたかどうかの確認がなく、その実施例もない。また、それらの添加により生成物の性質がどう変わるのかの説明もない。発明の詳細な説明中にある「その量は目的接点材料の特徴および特性を害さない程度である。」(甲第2号証第28欄第4行ないし第5行)との記載に示されるように、他のものが少し加わつても性質は多く変わらないであろうとの推測の下に、インジウムが書き加えられたにすぎないのである。

そうすると、インジウムを多量に加えれば、目的接点材料の特性が変化するであろうことは当然に予想されるが、その場合酸化自体うまくできるのかどうかわからない。したがつて、1重量%というのはこの発明における限界であり、少なくともそれを越えるものは、引用例に記載のものの発明者の認識の限度外である。

これに対して本願発明においては、インジウムの含有量を1重量%を越えるものとした。本願発明における右インジウムの含有量の限定はそれだけの技術的意義を有する。その理由が本願明細書における「インジウムの下限量を1重量%としたのは、これ以下では錫、カドミウムとの組合せで内部酸化が困難になる事実に基づく。」(甲第3号証第4頁下から第2行ないし第5頁第1行)との記載で明記されているのである。

すなわち、本願発明の後酸化法においては、インジウムが全体の酸化を助けているので、1重量%を越えるものでなければならないことになるのである。本願発明においてインジウムの含有量を1重量%以下とすると、酸化がうまく実施できないことは、甲第10号証の実験報告書に示されているとおりであり、本願明細書の実施例でも2重量%が最低である。

審決は、おそらく前酸化法と後酸化法との別を認識していなかつたため、引用例にインジウム含有量1重量%を上限とした記載部分がある(ただし実施例ではない。)ことから、1重量%以下では酸化ができないという本願明細書における記載内容が成り立たないものと判断したと思われる。

右のように、引用例に記載のものにおいても本願発明においても、インジウムの含有量の1重量%にそれぞれ意義があり、審決のいう「特異点」に当るから、それが「特異点」でないとした審決の認定は誤りである。

仮にインジウムの含有量1重量%が「特異点」でないとしても、そのことから直ちに、インジウムを増やすことも減らすことも適宜になし得る事項であるということはできない。すなわち、インジウムの重量%を増やすことによる効果が予測できるかどうかが、本願発明の特許性の成否を決するものであるところ、前述のとおり、前酸化法と後酸化法とでは、酸化反応の進行状態が全く異なり、得られた製品の内部構造も異なるのであり、前酸化法に適する組成が後酸化法にも適するという保証は、引用例に記載のものから出て来ないのであるから、前酸化法においてインジウムを1重量%まで加えることができるという引用例の記載から、別の方法である後酸化法によつて得られる接点材料において1重量%を超えるインジウムを含有することを特徴とし、これにより後述のような優れた効果を奏する本願発明が容易に推考し得られるはずがない。インジウムの含有量を「本願発明のごとくに1重量%を越えるようにするかあるいは前記引用例に記載されるように1重量%とするかは、接点の特性を考慮しつつ適宜に決定されるべき事項にすぎない。」とした審決は、引用例に記載のものにおける1重量%という数値範囲と本願発明の1重量%を越えるという範囲を、同一技術についての単なる数値の相違の問題として扱つたものであり、誤つている。

被告は、後記請求の原因に対する認否2 2において、本願明細書の補正の経緯からすると、補正された明細書にはインジウムの含有量1重量%(当初明細書)とそれを越えたもの(補正明細書)とが別異のものであることを、理論的に説明しあるいはデータにより立証しなければならない旨主張する。しかし、補正を適法として認めた以上、発明の特許性の判断は補正後の明細書の記載に基づいてすれば足り、また、そうすべきであり、今更当初の明細書の記載を云々し、その記載と補正後の記載の違いを理論的に説明したり、それに関する実証データを提出しなければならないものではない。

3 審決は、本願発明が「大電流遮断開閉器用電気接点材料」であるのに対し、引用例に記載のものが特にその用途を限定するものではない点を相違点であるとしながら、大電流遮断開閉器用電気接点材料として必要な耐溶着性、耐絶縁特性の高い材料を供給するという、本願発明の奏する効果を看過し、このため、「引用例に記載のものにおける電気接点材料も、前述のごとく、耐アーク侵食及び溶着抵抗性の優れたものであるので、この材料をこのような特性を必要とされる大電流遮断開閉器用に適用することは必要に応じて容易なことと認められる。」と誤つて認定、判断した。

すなわち、

(1)  まず、耐アーク侵食及び溶着抵抗性が優れていれば大電流遮断開閉器用にも適用できるという根拠はない。

接点材料の備えるべき特性には種々のものがあるが、そのうち本件で問題となるのが、耐アーク浸食性(消耗性)、耐溶着性(溶着抵抗性)、及び耐絶縁特性の3つである。従来の銀―酸化カドミウム系材料も、接点として現に用いられていた以上、この3つの特性を備えていた。

しかしながら、今日の問題はとりわけ耐溶着性能、絶縁耐圧特性を兼ね備えた接点を得ることであり(本願明細書((甲第3号証))第2頁第13行ないし第16行、第3頁第9行ないし第12行)、本願明細書の発明の詳細な説明にあるように、本願発明は高性能の耐溶着、耐絶縁強化接点材料を供給することを目的とするものであり(昭和56年2月5日付け手続補正書((甲第4号証))による補正前の本願明細書((甲第3号証))第3頁原第13行ないし第15行)、「本発明は接点の大電流開閉、特に耐溶着、耐絶縁特性につき種々検討を加えた結果、」(本願発明のような組成の)「合金を内部酸化することによつて従来到達できなかつた優れた耐溶着、耐絶縁特性を実現しうるものであり」(同第3頁原第17行ないし第4頁第3行、昭和56年5月14日付け手続補正書((甲第5号証))第2頁7、(2)項)、前記組成のものを内部酸化(前述のとおりこれは後酸化法によるものである。)することによつて、その目的とする耐溶着性及び耐絶縁特性の改良に成功したのである(甲第3号証第8頁第1表、第9頁第2表)。

審決が耐アーク浸食性と溶着抵抗性が優れていれば、大電流遮断開閉器用にも適用できるとしたのは何らの根拠に基づくものではない。

(2)  次に、引用例に記載のものにおいては、溶着抵抗性が優れているという根拠がない。

なるほど、引用例の発明の詳細な説明には、「銀―酸化カドミウム系材料は、電気接点として使用される場合、接点材料中にいくつかの添加物を加えることによつて、耐アーク侵食および溶着抵抗性等のすぐれた特性を示す。(中略)そのような添加物としては、(中略)錫(Sn)、(中略)がある。」(甲第2号証第6欄第2行ないし第11行)との記載がある。しかし、この記載は、従来の銀―酸化カドミウム系材料でも耐アーク侵食及び溶着抵抗性の優れたものは既に知られていたという一般的背景を述べたものであつて、このような一般的背景の下に引用例に記載の発明の目的としたのは、耐アーク浸食性の改善にあつたのである。

このことは、引用例の発明の詳細な説明の中の記載によつて明らかである。例えば、右の従来の材料について述べた説明の後で、錫を加えた「後酸化」によると諸特性が改善されるが(第6欄下から第2行ないし第7欄下から2行)、まだアーク侵食が見られると記載され(第7欄末行ないし第10欄第2行)、このような技術的背景の下で「前酸化」するとアーク侵食に対する抵抗性が良くなると記載している。また、アーク浸食性よりも溶着抵抗性がより重要である場合に代表的に用いられる冶金粉末法(第3欄第3行ないし第5行)に対して、引用例に記載のものは粉末冶金法でない前酸化法を用いるというのであるから、その関心が耐アーク浸食性にあることが明らかである。実施例もまた耐アーク浸食性しか問題にしていない(第25欄第3行ないし第6行)。

そうすると、引用例に記載のものにおいて耐アーク浸食性が改善されたかどうかは別として、少なくとも溶着抵抗性については従来のもののレベルにあるとみるべきである。

これに対して、本願発明での耐溶着性が、従来の接点材料の持つ溶着抵抗性よりも一段と優れたものを意味していることは、前記(1)において述べた本願発明の目的から明らかである。これを引用例に記載されているような従来のもののレベルと同視することはできない。

(3)  引用例には、耐絶縁特性については何らの記載もない。そこで審決も引用例に耐絶縁特性について何らの記載もないことに触れず、「本願発明における耐絶縁特性の改良と前記引用例の記載におけるアーク侵食による耐耗性の改良とは同一の事項である」と認定したが、この認定も誤つている。

すなわち、電気接点は、その目的上、切り離された時は電流が流れず、絶縁されていなければならない。しかし、接点はケース(モールドともいう。)に納められて使用されるものであり、接点材料が蒸発し、それがケースに付着することによつて電流が流れるようになつたり、あるいはケースの材料であるプラスチツクが熱により炭化して電流が流れるようになつたりすることがあるので、接点は長く使用してもなお絶縁性の良いものでなければならない。この性質を耐絶縁特性というのである。そして、接点材料の蒸発もケース材料の炭化もアーク熱に起因するところが大きいから、耐絶縁特性が耐アーク浸食性(消耗性)と関係のあることは事実である。しかし、アーク侵食のうち溶融による侵食の方は絶縁性と関係なく、また、熱の発生はアーク熱ばかりでなく、接点同士が接触し電流が流れている状態のとき発生するジユール熱によることもあるので、耐絶縁特性は、耐アーク浸食性(消耗性)とパラレルなことではない。よつて、引用例に記載のものに耐アーク浸食性(消耗性)の改善のことがあるから、それにより本願発明の絶縁特性の改善までカバーされてしまつているとした審決の認定は誤りである。

なお、本願発明は「従来到達できなかつた優れた(中略)耐絶縁特性を実現しうるもの」(本願明細書((甲第3号証))第4頁第1行ないし第2行)であるとしているのであるから、引用例に記載のものが耐アーク浸食性に優れ、そのことは絶縁特性が優れていることになるものとしても、引用例に記載のものと本願発明との各絶縁特性を同じ尺度で比較し、その結果本願発明に有意差がないということになつて初めて、その特許性が否定されるべきである。しかるに、審決ではその点について判断せずに、本願発明の電気接点材料の用途限定についての前記認定、判断を導いているから、この認定、判断は誤りである。

第3請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  請求の原因4は争う。

1 原告は、審決は接点材料の酸化法について、後酸化法と前酸化法との間の相違を看過した旨主張する。

しかし、本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにも「後酸化法」、「前酸化法」という記載は存在しない。本願明細書に記載されている接点材料の酸化法は原告の主張する「後酸化法」でも「前酸化法」でもなく、「内部酸化法」である。

内部酸化法とは、本願明細書に記載されているとおり、「内部酸化法とは、すでに述べる迄もなく合金を酸素の充分供給される雰囲気内で高温に加熱すると合金の地が酸化される以前に合金の組成金属が選択的に酸化される現象を応用したものである。」(甲第3号証第3頁第4行ないし第8行)というものである。

一方、引用例の発明の詳細な説明には、「用語『三次元粒子』は、本明細書にあつて、3方向すべてに評価し得る程の大きさ(dimension)をもつた粒子を意味するものとして使用する。三次元粒子の例としては、球形粒子、立方体粒子、円筒体粒子、四面体状粒子等がある。『三次元粒子』とのこの用語は、二次元粒子として特徴づけられる板状つまりフレーク状の形態の粒子、さらには一次元粒子として特徴づけられる微細粉末と対照し得る。もちろん、厳密な意味では、二次元粒子は存在しないのであるが、本明細書では粒子の一般的種類を区別するためにこの用語を便宜上使うのである。本発明に係る方法は、銀―カドミウムおよび錫を含む合金または組成物を作り、この合金または組成物から三次元粒子を形成し、次いで酸素含有雰囲気下にあつて熱を加えることにより上記粒子を酸化し、そしてそれらの粒子を固めることによつて電気接点として使用するに適するごとく構成体による各工程から成る。」(甲第2号証第12欄第5行ないし第13欄第8行)と記載されている。この記載中の「銀―カドミウムおよび錫を含む合金または組成物を作り、この合金または組成物から三次元粒子を形成し、次いで酸素含有雰囲気下にあつて熱を加えることにより上記粒子を酸化し」とある工程は、本願明細書に記載されている前記の内部酸化法の定義のとおりのものである。この工程により製造されたものは、本願発明の要旨にいう「内部酸化法によつて得られる銀―酸化物系接点材料」にほかならないのである。

以上のとおり、本願発明における接点材料の酸化法は内部酸化法であつて、これによつて製造された接点材料は引用例に記載されているということになる。

2 原告は、審決が本願発明のインジウムの含有量の技術的意義について誤認したと主張する。

確かに本願明細書に、「インジウムの下限量を1重量%としたのは、これ以下では錫、カドミウムとの組合せで内部酸化が困難になる事実に基づく。」(甲第3号証第4頁下から第2行ないし第5頁第1行)と記載されている。しかし、内部酸化の難易に関してインジウムの含有量1重量%の点及びその前後にあつて大きく変化することを示す記載はない。本願明細書には、本件電気接点材料の試験結果も記載されているが、これはインジウム含有量を2、3、4重量%としたものについての結果であつて、これを1重量%の点及びその前後としたものについての結果ではないので、この結果をもつて、前記大きな変化を示す記載がなされたものとすることはできない。

本件出願の経緯をみるに、当初、インジウムの含有量について「1~5重量%」とされていたが、インジウムを「1重量%」含む同様の電気接点材料の記載されている引用例が示されたことに対応して、この含有量を「1重量%を越え5重量%」と補正したものである。元来、「1~5重量%」の範囲内は実質上同一発明を構成するとされていたのを、右補正によつて、その中の「1重量%」のもののみを「1重量%を越え5重量%」の範囲内とは別異のものであることとするものであるから、このような場合、別異のものであることを、理論的に説明しあるいはデータにより立証しなければならない。この説明が本願明細書においてなされていない以上、この1重量%の点に技術的意義を見いだすことはできず、この点を特異点とすることはできない。したがつて、これと同一の見地に立つてインジウムの「含有量を本願発明のごとくに1重量%を越えるようにするか、あるいは前記引用例に記載されるように1重量%とするかは、接点の特性を考慮しつつ適宜に決定されるべき事項にすぎない。」とした審決は正当というべきである。

3  原告は、本願発明の電気接点材料の用途限定についてした審決の認定、判断は誤つていると主張する。

本願明細書には、「本発明合金は、上記のごとく銀―カドミウム―インジウム合金を内部酸化せしめることにより銀地中に(SnO2,CdO,In2O3)で構成する多量の金属酸化物を含有せしめて耐溶着性を確保せしめ同時に、SnO2,In2O3など容易に蒸発、飛散しない酸化物を主構成物にすることによつて、蒸発、飛散による絶縁耐圧劣化を防止せしめ得、この結果従来、予想出来なかつた優れた耐溶着および耐絶縁特性を同時に示すものである。」(甲第3号証第5頁第8行ないし第16行)と記載されている。

接点材料の「蒸発、飛散」は、アークに起因する熱及び圧力により生起せしめられるもので、本願明細書における「耐絶縁特性」ということについての意味、内容は、結局、接点材料が蒸発、飛散しないために耐絶縁特性が良好であるということになる。

引用例の発明の詳細な説明には、「銀―酸化カドミウム系材料は、電気接点として使用される場合、接点材料中にいくつかの添加物を加えることによつて、耐アーク侵食および溶着抵抗性等のすぐれた特性を示す。」(甲第2号証第6欄第2行ないし第5行)と記載されている。この記載中の「耐アーク浸食性」とは、文字どおり、アークにより侵食されることに耐える性質を有しているということであり、これは、本願発明における「蒸発、飛散」しないということと同一の意味、内容を有する。結局、審決に記載のとおり、「本願発明における耐絶縁特性の改良」と、引用例に記載の「アーク侵食における耐耗性の改良」とは実質上同一の事項ということになる。

本願発明の電気接点材料と引用例に記載のものの電気接点材料とは、右にみたとおり、右2つの特性について同様のものであから、引用例に記載のものの接点材料が比較的大電流遮断用に使用されるものである以上、これにならつて、本願発明の電気接点材料を大電流遮断用とすることは容易なことと考えられる。

4  以上のとおり、原告の主張する審決の取消事由は理由がなく、本願発明は当業者が引用例に記載のものに基づいて容易に発明することができたとした審決の認定、判断に誤りはない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 原告はまず、本願発明が後酸化法によつて得られる電気接点材料を対象としているのに対し、引用例に記載のものは前酸化法による電気接点材料を対象とする点において、両者に相違があるのに、審決はこの相違を看過したと主張する。

まず、成立に争いのない甲第3ないし第5号証によると、本願明細書の発明の詳細な説明の中には、本願発明の要旨中にある「内部酸化法」についての具体的な方法を示す記載が存しないが、本願発明の特許請求の範囲の記載の仕方は、「内部酸化法によつて得られる銀―酸化物系接点材料において(中略)なることを特徴と」する「電気接点材料」となつていることが認められ、右特許請求の範囲の記載の仕方は明らかにいわゆるジエプソン方式に則つたものであるから、この記載によると、「内部酸化法」とは、本件出願当時の公知技術を示すものであるということができる。

そして、成立に争いのない甲第11号証によると、本件出願の前である昭和51年1月15日に発行された日本粉末冶金工業会、焼結電気接点技術委員会編集「焼結電気接点用語」の本文第3頁には「209内部酸化法」として、「主にAg―CdO接点材料を製造する方法で、まずAgとCdの合金を溶融により製作し、これを線材または板材に加工し、所望の接点形状にした後、酸化雰囲気(O2ガス中にて750度C付近)でこの合金を酸化させる方法である。」という記載があることが認められ、成立に争いのない甲第12号証によると、本件出願前の昭和51年1月10日に公開された、銀―酸化物系電気接点材料についての昭和51年特許出願公開第2619号公報第2頁右上欄第7行ないし第15行に、「実施例1 内部酸化法による実施例」として、「第1表に示す合金組成の得られる量の各金属を配合溶解し鋳造により板状の合金素材を形成し、次に接点材の台金へのロー付性向上のためその素材全体の15%に相当する銀層を一方の面に圧着して1mmの板厚に圧延し、これを2kg/cm2の酸素雰囲気中で700~780度C、15~20時間内部酸化を行い銅その他銀以外の添加金属を酸化物とする。」との記載があり、同第3頁右下欄第2行ないし第7行に、「実施例2 粒子酸化法による実施例」として、「第3表に示す合金組成の得られる各種金属混合の溶湯を水アトマイズ法により約40メツシユの合金粒とし、その合金粒を酸素雰囲気中で加熱し酸素を滲透させて添加金属を酸化し、これを成形機で成形し熱間押出により板状素材とする。」との記載があることが認められ、右認定の記載からすると、本件出願当時、銀―酸化物系接点材料を製造する方法としての「内部酸化法」とは、合金を接点形状にした後に酸化するという順序を経る方法を意味していたものと認められ、したがつて、本願発明の特許請求の範囲において公知技術として記載された「内部酸化法」も、右のような順序を経てなされる方法であつたというべきである。

一方、成立に争いのない甲第2号証によると、引用例記載の発明の特許請求の範囲に、「Ag―Cd―Snを含む三次元形状体を酸素含有雰囲気および加熱下にさらして酸化性成分を酸化する工程、酸化した上記三次元形状体を固める工程、および固められた上記三次元形状体を所望成形体に成形する工程からなる、銀―酸化カドミウム―酸化錫系接点材料の製造法。」という記載があり、引用例の発明の詳細な説明の中の第1欄下から第4行ないし第3行に、「本発明は、冶金技術、特に銀―酸化カドミウム―酸化錫系電気接点材料の製造法に関する。」との記載があり、さらに同第11欄第12行ないし第12欄第1行に、「一般的には、本発明は銀―酸化カドミウム―酸化錫系接点材料の製造法を包含する。さらに詳述すれば、本発明に係る上記方法は、銀、カドミウムおよび錫を含む三次元の寸法をもつた粒子の酸化、次いでこの酸化粒子の固化を含む。」との記載があることが認められる。

右にみた記載によると、引用例記載の発明は、銀―酸化カドミウム―酸化錫系接点材料の製造において、三次元の寸法を持つた合金粒子を所望の成形体に固める前に酸化するという順序を経る方法を採用しているものと認めるべきである。

そうすると、本願発明と引用例に記載のものとでは、同じ電気接点材料に関するものであるが、前者が、合金を所望の接点形状にした後に酸化を行う方法にによつて得られる接点材料を対象としているのに対し、後者は、合金の三次元粒子を酸化した後に所望の接点形状にする方法によつて得られる接点材料を対象としているのであつて、両者は相違しているものというべきである。

被告は引用例の発明の詳細な説明に「本発明に係る方法は、銀―カドミウムおよび錫を含む合金または組成物を作り、この合金または組成物から三次元粒子を形成し、次いで酸素含有雰囲気下にあつて熱を加えることにより上記粒子を酸化し」(甲第2号証第13欄第2行ないし第6行)と記載されている工程は、本願明細書に記載されている内部酸化法の定義のとおりのものであり、この工程により製造されたものは、本願発明の要旨にいう「内部酸化法によつて得られる銀―酸化物系接点材料」にほかならないと主張する。

なるほど、前掲甲第2号証によると、引用例には、被告主張のような記載があることが認められるが、右に判示したとおり、本願発明の「内部酸化法」は、引用例に記載のような合金又は組成物から形成する三次元粒子ではなく、合金を所望の接点形状にしたものを酸化する工程であり、これに対し、引用例の発明の詳細な説明には、被告が指摘する前記のような酸化工程についての記載に続いて、「そしてそれらの粒子を固めることによつて電気接点として使用するに適するごとく構成体による各工程から成る。」と記載されている(甲第2号証第13欄第6行ないし第8行)ことが前掲甲第2号証によつて認められるところである。引用例に記載のものは右に認定した後続工程を包含した全体として把握し、理解しなければならないことは、引用例の発明の詳細な説明の前記文言上明白であり、これを本願発明の「内部酸化法」なる工程と対照すれば、酸化法としての機序、態様を異にすることは否定することができない。

したがつて、被告の前記主張は、その指摘する引用例記載の酸化工程があたかも、引用例に記載のものの製造法として完結した独立の工程であるとの前掲に立つて、当該工程によつて得られたものが本願発明の要旨にいう「内部酸化法によつて得られる銀―酸化物系接点材料」にほかならないとしているものであり、その前掲において失当とすべきである。

してみれば、審決は、本願発明と引用例に記載のものとの間に存する原告主張の相違点を看過したものというべきである。

2 原告は、審決が、本願発明と引用例に記載のものにおけるインジウムの含有量の技術的意義を誤認し、インジウムの「含有量を本願発明のごとくに1重量%を越えるようにするかあるいは引用例に記載されるように1重量%とするかは、接点の特性を考慮しつつ適宜に決定されるべき事項にすぎない。」と誤つて認定、判断した旨主張する。

そこでこの点について判断するに、前掲甲第3号証によると、本願明細書に「インジウムの下限量を1重量%としたのは、これ以下では錫、カドミウムとの組合せで内部酸化が困難になる事実に基づく。」との記載(甲第3号証第4頁第19行ないし第5頁第1行)があることが認められるところ、この記載によると、本願発明の要旨において「インジウムを1重量%を越え」としたインジウムの含有量の下限の限定は、本願発明において使用する銀―カドミウム―錫―インジウム合金の内部酸化が可能であるための要件としての技術的意義を有するものであると認めることができる。

これに対し前掲甲第2号証によると、引用例の発明の詳細な説明には、「本発明の方法はまた出発材料にあつてAg、CdおよびSnの各成分とともに少量の他の追加金属の存在をも包含することが理解されるべきである。そのような追加金属としては、(中略)インジウム(In)(中略)およびそれらの混合物が含まれ、その量は目的物接点材料の特徴および特性を害さない程度である。代表的には、これらの追加金属は有効量から下記に示す量(重量%)までAg―CdO―SnO系材料に加えていくつかの特性を改善する。…In1.0…」との記載(甲第2号証第27欄第7行ないし第28欄第15行)があることが認められる。

この引用例の記載に照らし、かつ、そもそも、引用例に記載のものにおいては、酸化の対象は、三次元粒子であつて、本願発明におけるように既に所望の接点形状にされているものでないという前判示の事実を合わせ考えると、引用例に記載のものにおいては、本願発明におけるように、既に所望の接点形状にされているものを十分に内部酸化させることが可能な追加金属(インジウム)の含有量をいかなる程度にすべきかについて技術課題はなく、したがつて、引用例に記載のものは、必須成分としてインジウムを加えることを「特徴」とするものではないというべきである。

のみならず、前掲甲第2号証によると、引用例の発明の詳細な説明の中には、銀―酸化カドミウム系材料に加えることによつて耐アーク侵食及び溶着抵抗性等の優れた特性を示す添加物として、「金属元素のコバルト(Co)、カルシウム(Ca)、錫(Sn)、ニツケル(Ni)、亜鉛(Zn)、アルミニウム(Al)、マグネシウム(Mg)、ベリリウム(Be)、ナトリウム(Na)、マンガン(Mn)およびそれらの混合物がある。」と記載され(甲第2号証第6欄第6行ないし第11行)ているが、インジウムは右の「特性」に寄与する添加物として例示されていないことが認められるのである。そして、インジウムを追加金属として使用するとしている前掲引用例の記載部分(甲第2号証第27欄第7行ないし第28欄第15行)においてインジウムの含有量(それが「有効量から1重量%迄」という意味であることは、当事者間に争いがない。)の1重量%という上限値は、「目的接点材料の特徴及び特性を害さない程度」のものとして設定されたものであることを看取することができるから、引用例記載のものにおいては、1重量%を越える量のインジウムを使用することは、当業者にとつて通常考え及ぶべきものでないというべきである。

右にみてきたところによると、インジウムの含有量について、本願発明のように「1重量%を越え5重量%迄」とするか、あるいは引用例記載のもののように「有効量から1重量%迄」とするかは、接点の特性を考慮しつつ適宜に決定されるべき事項にすぎないということはできないといわざるを得ない。

被告は、内部酸化の難易に関してインジウムの含有量1重量%の点及びその前後において大きく変化することを示す記載が、本願明細書にはなく、したがつて、本願発明のインジウムの含有量1重量%の点に技術的意味を見いだすことはできないと主張する。

しかしながら、右にみたように、本願発明の接点材料と引用例に記載のものの接点材料(インジウムを添加したもの)とは、接点材料を得るための酸化対象について相違があり、インジウムの含有量についての技術課題及び構成上の特徴の点でも相違しているのであるから、本願明細書に被告主張のような事柄が記載されていないからといつて、本願発明のインジウムの含有量を1重量%を越えるものとしたことに技術的意義がないとすることはできない。

なお被告は、本件出願当初、インジウムの含有量が「1~5重量%」とされていたのが、その後の補正によつて、右含有量が「1重量%を越え5重量%迄」となつたことから、補正によつて外された「1重量%」について「1重量%を越え5重量%迄」とは別異のものであることを理論的に説明しあるいはデータにより立証する旨の記載が本願明細書に存しなければ、この1重量%に技術的意味を見いだすことができない旨主張する。

しかし、発明の特許性の存否についての判断に当たつては、補正により最終的に確定した特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を含む明細書に基づいてなされれば足りるのであつて、たとえ補正の経緯が被告の主張するとおりであつたとしても、該明細書に被告主張のような記載の存することは必らずしも必要はないものと解されるから、被告の右主張は採用し得ない。

以上判示したところによると、インジウムの含有量について本願発明が「1重量%を越え5重量%迄」であるのに対して、引用例に記載のものが「有効量から1重量%迄」とした点について、「1重量%の点が特異点と認められない以上、その含有量を本願発明のごとくに1重量%を越えるようにするかあるいは前記引用例に記載されるように1重量%とするかは、接点の特性を考慮しつつ適宜に決定されるべき事項にすぎない。」とした審決の認定、判断は誤りであるというべきである。

3  最後に、請求の原因4 3において原告が主張する点は、帰するところ、審決は、大電流遮断開閉器用電気接点材料として必要な耐溶着性、絶縁特性の高い材料を供給するという、本願発明の奏する効果を看過したものであるという主張に立脚するものである。

そこでこの点について判断するに、前掲甲第3号証及び成立に争いのない甲第9号証並びに弁論の全趣旨によると、本願明細書には、本願発明による接点材料を、同じく内部酸化法によつてであるがインジウムなどの追加金属の添加量を本願発明のものとは変えて得た接点材料と比較して行つた試験結果として、本願発明に係るものが大電流領域の耐溶着性及び耐絶縁特性においてバランスよく優れた性能を有している旨の記載(甲第3号証第5頁第8行ないし第7頁第9行、第8頁の第1表、第9頁の第2表)があること、本願発明の組成範囲に含まれるAg―6Sn―5Cd―2In及びAg―7Sn―8Cd―3In合金を、本願発明の内部酸化法及び引用例に記載のものにおける前判示の酸化法のそれぞれによつて酸化して得た接点材料の特性比較試験(甲第9号証実験報告書Ⅰ)において、右の両合金とも、本願発明の内部酸化法によつて得た接点材料の方が、引用例に記載のものにおける酸化法によつて得たものよりも、耐溶着性及び耐絶縁特性において優れた結果が得られたことの各事実を認めることができる。

ところで、被告は、「本願発明における耐絶縁特性の改良」と、引用例に記載の「アーク侵食における耐耗性の改良」とは実質上同一の事項ということになり、引用例に記載のものの接点材料が比較的大電流遮断用に使用されるものである以上、これにならつて、本願発明の電気接点材料を大電流遮断用とすることは容易なことである旨主張する。

しかしながら、本願発明にいう「内部酸化法」が、引用例に記載のものが採用した酸化法と異なること前判示のとおりである。そうすると、別異の酸化法によつて得られる電気接点材料のうち、同じ組成の金属によるもの同士の特性を比較することは、そもそもできないといわねばならないから、この点で被告の右主張は理由がない。のみならず、同じ組成の金属によつて製造された電気接点材料において、本願発明によるものの方が、引用例に記載のものに比して特性が優れていることを示す実験結果があることは、右にみたとおりであるから、いずれにしても、被告主張のように、引用例に記載のものの接点材料が比較的大電流遮断用に使用されるものであることから、これにならつて、本願発明の電気接点材料を大電流遮断用とすることが容易なことであるとは、到底いい難いのである。

以上からすると、本願発明は、大電流領域の耐溶着性及び耐絶縁特性において顕著な効果を奏するものであるというべきであり、結局、審決は本願発明の奏する右効果を看過したというべきである。

4  してみれば、審決は1でみたように本願発明と引用例に記載のものとの間にある相違点を看過し、2でみたように本願発明と引用例におけるインジウムの含有量の技術的意義を誤認し、かつ3でみたように本願発明の奏する顕著な効果を看過した結果、本願発明は当業者が引用例記載のものに基づいて容易に発明することができたものと誤つて認定、判断したものであるから、違法であつて取消しを免れない。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 塩月秀平)

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